技術の社会貢献に必要なのはオープン化と人材育成『ロケット・ササキ』

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今回の書評は『ロケット・ササキ:ジョブズが憧れた伝説のエンジニア・佐々木正』です。

ロケット・ササキ成分

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戦後の日本のものづくりを支えた実力者

昭和の時代の「ものづくり」にかけた男たちのストーリーが大好きです。

かつて製造業を支えてきた人といえば、松下幸之助(パナソニック)、井深大(ソニー)、盛田昭夫(ソニー)、本田宗一郎(ホンダ)といった人たちは有名でしょう。

佐々木正という人をご存知でしょうか?彼はシャープの立役者です。シャープを創業したのではなく一介の社員だったため、影の実力者といってもいいかもしれません。私も知りませんでした。

本書はそんな佐々木氏の生い立ちから、 2018 年に 102 歳で亡くなるまでの伝記です。

ロケット・ササキという名前は、佐々木氏のアメリカ出張時に現地の技術者がつけたニックネームです。佐々木氏の発想の豊かさや議論展開の速さを「戦闘機よりもロケットのよなスピード」と例えたことに由来します。

アメリカで認められた数少ない日本人技術者のひとりですね。

戦争体験者である佐々木氏が戦前に台湾に渡るところから物語は始まります。つづく学生時代、ドイツへの留学、 GHQ との関係でアメリカに行くなど、戦前・戦後の時代にグローバルに活動していた貴重なエピソードがたくさんあります。

佐々木氏はシャープの副社長まで勤めましたが、あくまでもベースは技術者でした。戦争終了後も技術者として何社も会社をわたり歩き、様々な製品の開発に携わりました。

これだけの活躍ができたのも、佐々木氏には技術だけでなく人脈があったからです。どのように人脈を築いたのかは本書をお読みいただきましょう。

本書を読むと、戦後の日本のメーカーはかなり自由な雰囲気があったことが伺えます。まだどの会社も今のような大手になる前だったからかもしれません。私は技術者として当時の環境がうらやましいです。佐々木氏のような人の下で技術者として働いてみたかった。

本書内で出てくる主な製品はトランジスタ、電卓、電子レンジ、液晶、コンピュータなどです。トランジスタについてはソニーがポータブルラジオ、シャープは電卓といった感じで各社が作りたい製品に集中して開発をしました。

このあたりの開発の話はソニーの創業について書かれた本とあわせて読んでも面白いでしょう。トランジスタがいかに世の中を変える可能性があったのか、先人たちはきちんと見抜いていたのです。

このような戦後の日本を立て直す話はありきたりかもしれませんが、私は何度読んでも熱が入ります。本書も一気に読んでしまうくらいどんどん話が展開していきました。

今の技術者やメーカーのトップこそ読んでほしい一冊です。

オープンイノベーションやコラボの重要性を理解していた

オープンイノベーションと自前主義の違い

技術も人もオープンな姿勢を貫いた

オープンイノベーションとは、簡単に言うとコラボです。

開発した技術を企業秘密や特許で保護するのではありません。他社にあえて使ってもらうことで「自社で独占せずに社会に貢献しよう」という考え方です。

外部リンク:オープンイノベーション – Wikipedia

この考え方はソフトウェアの世界では当たり前のように行われています。

いまや iOS, Mac OS, Android に使われている OS は無料で公開されている Linux です。また GitHub というソフトウェア技術者のコミュニティによって様々なプログラムのソースコード(ソフトウェアの原材料)がシェアされて日々改良されています。

しかし佐々木氏が活躍した昭和の時代、オープンイノベーションという言葉はありませんでした。そのため本書で佐々木氏は「共創(きょうそう)」という言葉を使いました(第 3 章)。

せっかく作り上げたノウハウを簡単に他社に渡してしまうのはもったいないでしょうか?しかし内容をライバルにも公開し、協力し合うことでより良いものができる。それが結果的に消費者や日本のためになる。ということを佐々木氏はわかっていました。

本書には印象的なエピソードが出てきます。かつて戦争で使われていたレーダーで、食べ物や飲み物が温められることを佐々木氏は知りました。しかし当時佐々木氏が所属していた神戸工業では民生品を売るノウハウがない。そこで、シャープに電子レンジの開発を持ちかけます (kindle 版位置 No. 988 付近)。

部品は佐々木氏の神戸工業が提供し、電子レンジという完成品はシャープで売る。今では誰もが使っている「電子レンジ」はこのようなコラボで誕生しました。

このシャープとのコラボがきっかけで、佐々木氏は後にシャープに移籍します。

上層部こそコラボの重要性に気づくべき

共創とは切磋琢磨ともいえるでしょう。昭和の時代にたくさんの物が世間に普及できたのは、ライバル同士で情報や知識を共有し良い物を作ってきたからです。

佐々木氏の共創の考え方はシャープの創業者である早川徳次氏(シャープペンシルの発明者)も持っていました。そのためお互い気が合ったのでしょう。

もうひとつ紹介したいエピソードがあります。シャープに移籍していた佐々木氏に、パナソニックが講演をお願いしました。シャープの上層部は「敵に塩を送るのか」と猛反対。それに対して早川氏は強烈なセリフで上層部を黙らせます。引用させていただきます。

「少しばかり教えたくらいで負けるなら、シャープなどその程度の会社だということです。そんなことで、負けるシャープじゃない。佐々木さん、構いません。行って、存分に話しておやりなさい」

大西康之 『ロケット・ササキ:ジョブズが憧れた伝説のエンジニア・佐々木正』 新潮社 (2016) kindle 版位置 No. 2068 付近より引用

この言葉、私の胸に深く刺さっています。

近年のシャープは液晶事業にしがみついて倒産寸前でした。オープンとは逆のクローズ(閉鎖的)な思考であり、新しい事業に上層部は耳を傾けませんでした。シャープにはアップルよりも先に iPad の構想があったのにもかかわらず (kindle 版位置 No. 2473 付近)。

ホンハイがシャープを買収したあと一年で再建したことを考えれば、上層部の判断で会社の存続が決まるのは納得ができるでしょう。同じようにパナソニックもプラズマTVに投資しすぎて一時期つぶれる寸前でした。

独占はもはや時代に合わないのです。

この記事を書いている 2019 年にあっても、日本のメーカーはオープンとは反対の戦略をとっています。日本経済研究センターの報告書では、技術の輸出はしても輸入は少ないことから、技術開発の自前主義から脱却していないと指摘しています(報告書へのリンクには承認手続きが必要なので、リンクは省略します)。

関連記事:博士の生産性が低いのは組織の問題『「タレント」の時代』(同報告書には博士が使いこなせない組織の問題も指摘していることを解説)

私自身もコラボの大切さを理解しているつもりです。なぜならば、私の父は自分の工事会社を立ち上げ「共栄」という名前を使いました。「共に栄えることが大切」という教えを、父の背中を見て学びました。

しかし、私も佐々木氏と同じサラリーマンの立場なのに権限がありません。海外就職を通じて知り合った若い人たち(起業家もいる)に「これからの時代はコラボが大切」と若い人たちに言っているのですが、なかなか理解してもらえません。

だからこそ、本書を通じてコラボの大切さを知っていただきたいのです。

技術だけでなく人も残した

佐々木氏の主な業績は電卓、電子レンジと液晶です。しかし技術よりも重要なものを残して亡くなりました。

それは人を育てたことです。

佐々木氏には人の才能を見抜く目がありました。

本書には3人の名前が出てきます。スティーブ・ジョブズ、孫正義、江崎玲於奈です。

佐々木氏はスティーブ・ジョブズ氏がアップルを創業したころにすでにアメリカで面識があります。その後、アップルを追い出されたジョブズは佐々木氏と面会。佐々木氏は共創の精神を教え、アップル復帰後にマイクロソフトと提携を組みます (kindle版位置 No. 2494 付近)。

アップル好きの人にはこのあたりのエピソードを読むのもお勧めです。ジョブズ氏も悩み、人に相談していたという人間的な側面を知ることができます。

江崎玲於奈氏はダイオードのトンネル効果でノーベル物理学賞を受賞した技術者です。

学生時代の江崎氏は優秀ながら面接に通らず就職先が決まっていませんでした (kindle 版位置 No. 876 付近)。当時トランジスタの研究をする人材が不足していた佐々木氏は彼を採用します。

江崎氏はその成果が認められて、もっと設備の整ったソニー(当時は東京通信工業)へ移籍します。この移籍は佐々木氏がソニーにコンタクトを取ることで実現します。

いくら才能があってもそれを活かす環境がなければ芽は出ない。佐々木氏はそれを理解していました。そのため自分の持つ人脈を最大限に活かし、その人にとって一番良いアイデアや環境を提供しました。この点も共創に通じるものがあります。

自分の利益よりも社会の利益。これを生涯を通じて実践した。本書で強く放たれるメッセージの1つです。

孫正義氏はソフトバンク以前の事業で失敗し、再起をかけて銀行に融資をお願いするも断られ続けました。しかし佐々木氏が銀行に電話を一本入れることで融資を得られます (kindle 版位置 No. 2290 付近)。そこからソフトバンクの事業が本格的に始まります。

そのソフトバンクでも世代交代の波が来ています。孫氏は次期社長の候補としてニケシュ・アローラ氏の名前を挙げました。しかし考え方が合わずアローラ氏は辞任してします。適任者を育てるのは事業展開より難しいのでしょう。

ソフトバンクのケースは、孫氏の分身をどう育てるかという話です。孫氏はソフトバンクアカデミアという養成機関を設立しましたが、これもソフトバンクの跡継ぎを育てるのが目的です。

しかし本書を通じて、佐々木氏は所属に関係なく人を育てました。自社よりも社会です。所属に関係なく人を育てることが必要ではないでしょうか?

この記事の最後に、私の大好きな名言の1つを紹介します。日本統治時代の台湾総督だった後藤新平という人の言葉です。

金を残す人生は下、事業を残す人生は中、人を残す人生こそが上なり

蔡焜燦 『新装版 台湾人と日本精神: 日本人よ胸を張りなさい』 小学館 (2015) p.62 より引用

今回紹介した本