新しい研究者のキャリアパス『さかなクンの一魚一会~まいにち夢中な人生!~』

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今回の書評は『さかなクンの一魚一会 ~まいにち夢中な人生!~』です。

さかなクンの一魚一会成分

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場所は関係ない、目的が大切

かつて放送されていた「TVチャンピョン全国魚通選手権」で5連覇し、その後も個性的なキャラで世間をにぎわせた「さかなクン」。そんな彼の半生を綴った本です。

彼の研究者としてのキャリアは極めて異色です。本書を通じて、今後の研究者のキャリアのあり方について解説します。

さかなクンはこれだけ魚に惹かれたので、さぞ海のそばで育って毎日海に潜って魚と触れ合っていたのか、と思ってしまいます。しかし実際は幼少期を神奈川県・綾瀬市で過ごしました。

私も日本で働いていた頃( 2008 年から 2014 年)、職場は綾瀬市でした。ここは神奈川県でも内陸の市で、米軍の厚木基地があるところです。南に行けば江ノ島(藤沢市)や茅ヶ崎といった湘南の海がありますが、片道 10 km 以上あるので近くはありません。

神奈川県綾瀬市
さかなクンが幼少期を過ごした神奈川県・綾瀬市

しかも、綾瀬市には鉄道の駅がひとつも無いのです(隣の海老名市や大和市には駅があります)。私は当時車で通勤していましたが、職場まで車では15分のところを、公共の交通機関はバスしかなく本数も少ないため1時間以上かかりました。

こんな交通の便が良くない地域で、彼はどうやって海に行ったのでしょうか?

さかなクンが綾瀬市に居住していたのは私が通勤していた頃よりも前なので、当時はもっと不便だったはずです。お母様の運転で連れて行ってもらった記述はありますが、毎回誰かが連れて行ってくれたのでしょうか?それとも自分で自転車を運転していたのでしょうか?

この往復だけでも大変です。交通費だけでなく時間もかかります。これだけ行動できたのも、さかなクンが「魚のことをもっと知りたい」という情熱があったからではないでしょうか。

場所は関係ありません。何をしたいかという目的(目標)が先です。目的が定まっていれば、手段は状況次第で何とかなるものです。

今自分のいる環境の中で最大限の可能性を考えて行動する。すると周囲のサポートが得られたり、次のステージに導かれる。

さかなクンの場合は日本国内の話ですが、国外についても昨今は関係ないと言い切れます。

私の海外挑戦は 30 歳を過ぎてからですが、幸いにも明確な目標がありました。それは「世界で勝負するエンジニアになりたい」という想いでした。その想いによって転職活動をしたところ、シンガポールの会社をエージェント経由で見つけることができました。また、ベルギーの会社には直接応募で採用していただきました。

どちらも「目的」が先にあって、エージェントや直接応募という転職の具体的な「行動」は後なのです。さかなクンは魚に触れたいという「目的」がハッキリあったため、海の無い地域に住んでいても「行動」が起こせたのです。

よく海外に住みたくて現地の仕事を探すという話を聞きますが、このような話は「住むこと」自体が目的になってしまっています。インターネットがある時代、ノマドのように場所を限定せずに仕事ができますし、短期で済みたければ旅行で十分です。

外国に長期滞在したいのであれば「何をやりたいのか、なぜその国なのか」をはっきりさせるべきです。

やはり「目的」が先です。

さかなクンの話は読んでいて改めて痛感しました。

好きなものでも適職を見つけるには分析が必要

そんなさかなクンですが、就職は大変だったようです。

高校に入学後、初めてのアルバイトでお魚屋さんのバイトをやります。また、専門学校に進学後は水族館での実習を2度経験します。さらに、熱帯魚屋さんやお寿司屋さん「川澄」での仕事を経験します。

しかし、上記のどれも挫折してしまいます。大好きな魚にかかわっている仕事なのに、です。

そしてついに、川澄さんで描いた「お魚壁画」がきっかけでイラストレーターとしてのキャリアが開けていきます。

このお話しはとても示唆に富んでいます。

「魚好き」だからといって「魚に触れる仕事がすべて適職」ではないのです。

お魚屋さん、熱帯魚屋さん、お寿司屋さんといった「魚を売る」仕事は向きませんでした。また、水族館のような「魚を飼育・管理する」仕事も向きませんでした。

さかなクンの適職は「魚のすばらしさを表現すること」だったのです。

私の場合、博士号を取得しても研究者(日本国内の大学や研究所)の道に進むことはできませんでした。しかし「テクノロジーが好き」という根源は変わりませんでした。そのため、結果的にはシンガポールやベルギーで製品開発の仕事に携わらせていただいています。

適職を見つけるには、好きなもの「 What 」に対して、どうしたいか「 How 」をもう一段深くつめることが必要なのです。そうするには分析が必要なのです。

いい仕事に巡り合うために「何を」「どうしたい」のか分析してみましょう。

良い仕事に巡り合うための What と How

この表から

職業 = What × How の組み合わせ

ということが言えるでしょう。そして、その人にとって最適な組み合わせが「適職」と言えるのではないでしょうか。

さかなクンは「魚が好き」という What と、「表現したい」という How を組み合わせることで、魚壁画を描く仕事やテレビで魚の世界を紹介する仕事が適職になりました。

私の場合は「テクノロジーが好き」という What と、「開発/設計/研究したい」という How が組み合わさってエンジニアになりました。

組み合わせを変えてみるとどうなるでしょうか?例えば、 What が「テクノロジー」で How がさかなクンのように「表現したい」であれば、職業は「サイエンスライター」や米村でんじろう先生のような「サイエンスプロデューサー」となるでしょう。

これはほんの一例ですが、どれが適職なのかは人それぞれです。そのため、一般論で語るのは難しいですし、分析をするだけでは実際にその仕事が適職かはやってみないと分からない点もあるでしょう。

しかし、このような「分析」で自分の適職を見つけるきっかけにはなるでしょう。

あとは行動を起こすことです。さかなクンの場合もイラストレーターになるまでいろいろな経験をしましたが、それがあったためイラストレーターが適職だと判断できました。

好きを突きつめて夢だった大学教員に

さかなクンは幼少期の夢を「東京水産大学(現東京海洋大学)の先生になること(同書 kindle 版 No. 2316 付近)」と卒業文集に書きました。そして、 2006 年に東京水産大学の客員助教授(現客員准教授)に推薦されました。さらに、 2015 年には同大学から名誉博士号を授与されました。

時間はかかりましたが、夢をかなえることはできましたね。

彼は実際には大学に行ってないため、名誉博士号はあくまでも称号です。実際の博士号を取るには大学院の博士課程に入学して修了(博士論文を提出し、試験に合格する)する必要があります。

そのためか、さかなクンの研究者キャリアについて触れられている記事が見当たりません(ありましたらお手数ですがご連絡願います)。非常に残念なことです。

かつての偉人であれば、エジソン(発明王)、二コラ・テスラ(交流電力・無線技術の発明)、へヴィサイド(ラプラス変換の発案者)、近年ではスティーブ・ジョブズのように、大学に行かなくても(卒業しなくても)後世に残るような偉業を達成した人たちはいます。

私は彼のようなキャリアパスを評価したいですし、是非これからのロールモデルになっていただきたいです。好きを極めると、夢は後から何らかの形で実現できるというキャリアモデルです。

研究者のキャリアパス比較
研究者のキャリアパスを比較

上図を見ていただくと、さかなクンのキャリアパスが通常のキャリアパスと大きく違うことがわかります。

なにもみんながさかなクンのようになってほしいのではありません。

あくまでも、キャリアの選択がもっと柔軟になることが大切なのでは?と言いたいのです。かつて研究者というキャリアは「高学歴ワーキングプア」とまで言われましたが、研究者の形ももっと柔軟になって良いのでは?と考えています。

彼は 2010 年に、絶滅されたとするクニマスを再発見しました。また JICA の事業の一環でブラジルにて活動するなど、研究者と同等の活躍をされています。

彼には外国語の壁はあるかもしれませんが、魚という立派な共通な土台でグローバルに活躍されています(この点はエンジニアも同じ)。彼をただのタレントさんとしてだけでなく、研究者としても評価されるべきです。

これからの時代はもっと柔軟にキャリアが築ける時代になってほしいですね。

今回紹介した本

さかなクン, 講談社, 2016
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