直訳と意訳の違いからわかる翻訳の難しさとバランス感覚の必要性

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洋画を観ていて「この翻訳って変じゃない?」と思うことはありますか?

一時期PPAP (Pen-Pineapple-Apple-Pen) の歌詞について「この英語はおかしい」といった書き込みをツイッター上で見たりしました。ネット全盛期になり情報が増え、おかしな英語について指摘や議論する機会が増えたように感じます。

この記事では私が考える直訳と意訳の違いについて解説します。私自身仕事で翻訳をする機会はありますが、翻訳には数学のような明快な正解が無く難しいと考えています。

だからこそ「この英語はおかしい」といった議論が起きるのでしょう。直訳と意訳の違いは翻訳の難しさを知ることができる良い題材です。

直訳と意訳は反対の性質を持つ

直訳と意訳の違い

直訳と意訳の意味はそれぞれこのように違います。上のイラストと合わせてイメージしてみてください。

  • 直訳 (literal translation) :一字一句そのまま訳すこと、文法にも忠実であること
  • 意訳 (liberal translation) :原文の一字一句にはこだわらず、文全体の意味(流れ)を意識して訳すこと

本来なら一字一句きちんと翻訳することが正しいと考えるべきです。

しかし直訳には問題があります。

他の言語(英語)を文法通り日本語に訳すと表現が硬くなり、読むのが難しい日本語になります。意味は分かるけど、小難しい雰囲気が漂うのです。

この問題は言語の特徴の違いから生じます。

英語は説明文 (explanation) とも呼ばれます。主語などを省略せずに単語をハッキリ書かないと文法的におかしくなるという特徴があります。主語がハッキリしない場合は there や it を主語にして少し強引でも文章として成立させます。これが結果的に説明口調になってしまいます。

一方、日本語は描写文 (description) と呼ばれます。主語があいまいでも通じてしまうところがあります。また俳句や短歌にあるように、短い文から景色や情景をイメージすることができます。結果的に日本には行間を読んだり空気を読む文化が生まれたと考えられます。

つまり、日本語として自然な文にするには説明的な英語の特徴を省略する必要があります。

そのためには一字一句の訳をしない代わりに、著者が言おうとしているメッセージをくみ取って訳す「意訳」が必要になります。意訳は文章全体の意味や流れに力を入れる分、厳密性は損なわれます。

このように直訳と意訳はそれぞれ反対の性質を持ちます。

実例:これって正しい訳なの?

疑問に思う翻訳の例

「楽しんでね」なのか「楽しいよ」なのか?

意訳は行き過ぎると原文の意味から離れてしまいます。私が個人的に違和感のあった訳を2例紹介します。

1つめはハリーポッターの映画のCMです。何年前だったでしょうか。思い出して書くので正確ではないかもしれません。

ハリー役のダニエル・ラドクリフ氏が最新作を紹介します。そしてCMの最後に視聴者へのメッセージとしてこう言いました。 “Enjoy.”

そしてそのセリフの下には「楽しいよ」という日本語の字幕がありました。

「楽しんでね」ならわかりますが、「楽しいよ」は訳として正しいのでしょうか。

たった一言の英文。この訳の異論について多数の意見がCM製作者に寄せられたのでしょう。後日、同じ作品の別のCMではラドクリフ氏のメッセージが長くなっていました。

Welcome は合格?

もう1例を紹介します。映画『ソーシャル・ネットワーク』のワンシーンです。

この映画はマーク・ザッカーバーグ氏が facebook を創業した話を題材にしたノンフィクションです。 facebook のサービスを開始して間もなく、ザッカーバーグ氏が当時在籍していたハーバード大学で利用者が急増します。それに伴いシステム開発を進めるために新しい人員を雇います。

応募者には入社試験として度数の高い酒(ウォッカ?)を飲ませながらソフトウェアのプログラムを書かせます。ザッカーバーグ氏はキーボードを打っている応募者を間近で見守ります。

そして合格だと判断したメンバーにザッカーバーグ氏がこう言います。 “Welcome to Facebook.”

DVDでこの映画を観たとき、このシーンの日本語字幕は「合格だ」でした。

セリフの音声と字幕に明らかにずれがあって、私には違和感でした。もちろん「合格だ」は伝えたいメッセージとしては正しいです。

しかしさすがに「ウェルカム・トゥ・フェイスブック」という英語くらいは聞き取れます。この部分の字幕は「フェイスブックへようこそ」で良いと思うのですが、どうでしょうか?

「インテル、入ってる」には感動した

インテル、入ってるは名訳

一方、感動した訳もあります。この例はセリフではなくキャッチコピーですが、日本語と英語の対比ができるので紹介させてください。

パソコンやスマホに入っているCPU(中央演算処理装置)という部品のメーカー・インテル社のCMです。「ピンポンパンポン♫」という音と共に「インテル、入ってる」というメッセージが印象的でした。

実際の製品ロゴにはこの日本語訳は書かれていません。しかし英語で “intel inside” とあります。

英語と日本語を比較すると上の図のようになります。短いメッセージですが、訳が正しくしかもメッセージ性が強い。こういう例はなかなかありません。

まず日本語訳が正しいのは言うまでもありません。「~てる」は意訳として意図的にこのような語尾にしたのでしょう。しかしすでに紹介したセリフの訳と比較すると意味は離れていません。

むしろインテルの「テル」と韻を踏ませるように「~てる」を選択したのは、視聴者の頭に残りやすいメッセージになります。ものすごくうまいです。

そして和英どちらも「インテル製のCPUが入っています」というメッセージを損なっていません。むしろ韻を踏んだメッセージにしたことで「オシャレで良いブランドかも」と思わせるブランディングも狙っています。

うまい翻訳のお手本といってもいいのではないでしょうか。

直訳と意訳のどちらが良いか?

翻訳とは情報発信者の真意を別言語で表現すること

私が意訳する理由:メッセージの真意を伝えたい

翻訳とは暗に意訳のことを指します。少なくとも英語から日本語にするには意訳の方が良い(自然である)ことはここまで説明した通りです。

私自身も特に断りがないケースを除いて「意訳」します。その理由を説明しましょう。

文章の訳より大切なことは「伝えたいメッセージ(または情報)」です。発信者(著者や役者のセリフ)の発言の真意を理解して別の言語にするのが翻訳の神髄、というのが私の考えです。

翻訳したものは何であれ、受け手(視聴者、読者など)に届きます。そして翻訳されたものを視聴するなり読むことでその情報を消費します。だから消費者である受け手に必要な情報を渡すことができれば、必ずしも文法や単語に厳密である必要はないのです。

昔の本(特に原文がフランス語)などは格調高い訳を誇らしげにしていた翻訳者もいたと考えられます。しかしこれは今の時代にふさわしくありません。

私は翻訳者としてのトレーニングをうけたことはありませんが、これをぶれない軸としています。

私が翻訳する内容は一般には公開されない社内文書で、基本的に理系の文書です。理系の翻訳(工業英語)は意味を間違えて伝えたら事故やケガが発生するかもしれません。そういう意味では間違いを許されない部分があります。

関連記事:工業英語の考え方と工業英検対策

和文英訳と英文和訳でも違う

翻訳に間違いが許されないなら「直訳がいいのでは?」と言われそうです。この指摘はもっともなのですが、そういかないのが実務です。

英文和訳はまだいいのですが、和文英訳でたびたび問題が起きます。

社内文書は基本的に事情を分かっている人が用意します。そういう文書にはよく主語がありません。事情を知らない人が原文を受け取り訳そうとすると「そもそも何が言いたいのかわからない」となるのです。

和文英訳の仕事を頼まれると毎回、残念ながら何度か「これはどういうことですか?」と依頼主に尋ねる必要がでてきます。もちろんできるだけ推測はするのですが、限界があります。

翻訳にはバックグラウンドが必要です。どの翻訳者も自身の翻訳ジャンルの基礎知識の勉強に一生懸命です。

しかし私が扱う翻訳は社外秘の情報です。ネットで検索してもわかりません。そのため依頼主に質問するしかありません。

英文和訳の場合は原文に主語があるのでこういったことはあまり発生しません。なぜなら先にも書いたように、英語は説明文なので必要な情報は文章にあります。しかし日本語は描写文なので、文章に省略があっても社内文書は通じてしまいます。

このように、原文の真意を推測しながら日本語から英語に訳すには想像力が必要です。だから私は意訳をしています。

例外はAI(人工知能)、ISO(国際標準化機構)、ASEAN(アセアン/東南アジア諸国連合)などの略語や一般用語です。これらは全く違う単語に置き換えたら逆に大変なので、正確な表現を使います。これは直訳とは違います。

バランス感覚が大切

私がやる翻訳とは異なり、小説や映画の翻訳(出版翻訳、映像翻訳など)はエンターテイメントです。訳が違うことで楽しさが減るかもしれませんが、それで即ケガや事故につながるわけではありません。

小説や映画のセリフはハッキリ言うものもあれば、あえて遠回しに言ったりオブラートに包むことでその後のストーリーに布石を残す場合もあります。また日本語ではキャラに合わせて語尾を「~ね、~さ、~なのだ」という風にバリエーションがいくらでもあります。

さらに、映画の字幕には文字数制限があります。1シーンの短い時間内(数秒)で必要なメッセージを伝えるには単語力も必要です。

また吹き替えでは、役者の口の動きに合わせて日本語訳を当てる「リップシンク」というテクニックもあります。他言語のセリフなのに日本語を話しているように意味もセリフも合わせるなんて、難易度が高すぎます。

まさにこの種の翻訳にはセンスが必要ですし、作品として楽しんでもらうために翻訳家は多大な努力をしています。直訳だけしていたらおかしい文だらけになって、結果つまらない話になるリスクの方が大きいでしょう。そういう意味では意訳の方が大切です。

翻訳はバランスです。直訳と意訳の割合をどうするのか、どのような訳が視聴者や読者にとって自然なのか。バランス感覚が大切なのではないでしょうか。

まとめ

色々アカンやつ
何かおかしいと思っても目くじらを立てずに(2006年台湾にて撮影)

AIの発達で映像には自動で字幕が付くようになりました。自動翻訳の流れは止められません。翻訳精度も上がって、今後は変な訳を見る機会が減っていくことでしょう。

しかし言葉を介して文化を学ぶこともできます。よっぽどの誤訳ではない限り、目くじら立てて怒らずに楽しむことが必要ではないでしょうか。

先に紹介したCMや映画の違和感の例は、あくまでも意訳として正しいかどうかの検討材料として紹介しました。怒って指摘したわけではありません。直訳と意訳の違いを知るための題材として紹介させていただきました。

この記事をまとめましょう。

  • 直訳は単語や文法に厳密に翻訳すること。しかし日本語にすると不自然な文になることもある。
  • 意訳は文章全体の意味や話の流れを考慮して翻訳すること。そのため原文の厳密性はなくなる。しかしこれもやりすぎると不自然。
  • 翻訳は発信者の情報の真意を受け手(情報の消費者)に別言語で届けること。どう訳すべきかはセンスやバランス感覚が必要。

参考文献

実川 元子, アルク, 2016
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