努力の意味を誤解されたベンチャー起業家『快人エジソン』

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今回の書評は『快人エジソン – 奇才は21世紀に甦る (日経ビジネス人文庫)』です。

快人エジソン成分

ブックセイブンってなに?(別ウィンドウで開きます)

努力家ではなく発明家であり起業家

エジソンはベンチャー起業家の先駆けです。

有名なセリフ「 1 %のひらめきと 99 %の努力」は「努力をすれば願いはかなう」という日本人に受け入れられやすいメッセージです。

ところが著者の浜田氏は「そうではない」と異を唱えます。「最初のひらめきが良くなければ、その後いくら努力をしても無駄に終わる」というのがその発言の真意としています(はじめにより)。

本書はエジソンの正しいイメージを伝えるために書かれました。著者は当時のエジソンを知る人への取材も行いながら、ただの「努力の天才」ではなく「未来を見据えた発明家・起業家であり、人間味にあふれた人」という人間エジソン像を描きました。

発明家の側面、経営者としての側面、戦争反対者だったこと、マスメディアをうまく使ったマーケティングの元祖、信頼できる片腕に仕事を任せて特許戦争を戦ったなど、今でも通用するビジネスマンとしてのエピソードが多数入っています。

発明家としての実績は十分すぎるくらいあります。京都の竹を使って世界で初めて長時間点灯可能な電球を実用化しました (p.230) 。この電球を含む電気機器の販売事業として GE (ゼネラル・エレクトリック社)を立ち上げました。

同社は家電メーカーでしたが、現在は航空機エンジンや医療機器、産業用ソフトウェアなどの B to B 事業が中心です。創業事業だった電球についてもすでに事業売却が公表されています。創業から 120 年以上にわたり電球を販売していました。

外部リンク:SankeiBiz(サンケイビズ)によるGE白熱電球事業売却のニュース

またベルが発明した電話を改良し一般に普及させたのがエジソンですし、電話上での最初の挨拶として「ハロー」という言葉を発明したのもエジソンです (p.13) 。

このように大手メーカーのさきがけとしての発明(開発)実績がある一方、お金にはルーズだったようです。収入はすべて次の開発につぎ込み、支払いの催促がきても踏み倒す。給与の支払い遅れもたびたびあったとか (pp.37 – 38) 。

経営者として資金繰りは大変でしょうし、現代ではイーロン・マスク氏(テスラモーターズやスペースXを経営)のように次世代の世界を切り開くために、お金をどんどん使わないといけなかった事情もあるでしょう。

経営者としての手腕は意見が割れるようです。

私を目覚めさせてくれた一冊

エジソンのマネをしてスキルを習得

手あかでページが汚れるくらい読み、人生で最も影響を受けたのが本書です。

私は学力と学歴にコンプレックスがあったため、小学校すら中退したエジソンの生き方から何か吸収できないかと何度も繰り返し読みました。結果的に私は大学院へ進むものの、自分の学力でどこまでやれるかチャレンジするという意味がありました。

本書を読んだ当時、エジソンが実践していたことを私もやりました。それは「メモ魔であったこと (p.132) 」と「棚単位で本を買い占めたこと (p.81) 」でした。

もちろん本棚ごと本を買ったわけではありません。大学院生時代はほぼ毎日図書館に通いつめて論文や専門書を読み、家では別に読書をするくらい本漬けの日々でした。当時休日は朝から晩まで一日中本を読めました(今はそこまで集中できません)。

また大学 3 年生の頃からエジソンの真似をしてメモ帳を持ち歩き、日々の出来事を書くくせをつけました。

卒業研究で指導教授の部屋に初めて一人で行ったときのことです。会話がはじまりすぐに「メモくらい取りなさい」と言われてメモ帳を取り出したら、その指導教授の動きが止まりました。おそらくメモ帳を持ち歩いていると思ってなかったのでしょう。

この頃に身につけたスキルがこのサイトの記事にも生きていると信じています。

親日家で能力主義だった

本書が大好きなもうひとつの理由。エジソンはかなりの親日家でした。

エジソンはベッドの脇に新渡戸稲造の『武士道』を置いていたというエピソードが出てきます (p.232) 。世間知らずの 20 歳そこそこの学生だった私は単純に「日本人ってすごいんだ」と感動しました。

また本書ではエジソンと親交のあった日本人も多数出てきます。明治期の経済界の重鎮である渋沢栄一や真珠の御木本幸吉、野口英世などです。

しかし今回紹介したいのは、エジソンが能力主義だったことです。エジソン自身学歴がなかったため、彼の会社では国籍を問わず従業員を能力評価していました。次節で説明するニコラ・テスラは例外ですが、日本人は優遇されていたのです。

例えば、エジソンの旅行に付き添った日本人コックの佐藤綱治 (p.25), ニューヨークで一番電球を売り 65 人の幹部のうちの1人に選ばれた岩垂邦彦 (p.237) など、私にとっては今読んでも楽しい話です。

本書を読んだ当時「自分もきちんとスキルを身につければ正当に評価されるのではないか?」と真剣に考えていました。そしてどこでも通用するスキルとして技術と英語を頑張りました。

現実はそんなことありませんでした。少なくとも会社員として正当に評価されたと感じたことはほぼありません。スポーツなどの勝負の世界ではない限り、能力評価は都合よく使われる言葉ですね。

直流と交流はどっちがいいの?

直流と交流のイメージ

骨肉のシェア争い

直流と交流はうまく使い分けるのが正解です。どちらが一方的に良いとはいえません。しかしエジソンが活躍していた電気の初期の時代はまだその使い分けができませんでした。

エジソンが社会への普及に提案した直流電気は簡単にいうと電池のことです。バッテリーを使って貯めておけるメリットがあります。私たちが使うスマートフォンでは現在 5 V が主流ですが、最近は 9 V で充電する機器が出てきています。また車のバッテリーや用途別で 12 V や 24 V など何種類もあります。

しかし直流は電圧を変えることができません。指定された充電器や電池を使わないと発火や感電する可能性があり注意が必要です。

一方交流は電圧を変えられたり送電ロスが少ないといったメリットがあります。しかし交流は理論的に難しく、電力、無線、モーター、インバータ以外の用途ではあまり使われません。貯めることは理論的には可能ですが、実現が難しいです。

現在の発電・送電のしくみを発明したのはエジソンです。 1880 年代、私たちが電気のある生活に欠かせない発明を次々としました。本書から引用させていただきます。

発電システムを普及させる際も、発電機から送電線、配電盤、変圧器、ヒューズ、ソケット、スイッチ、電球、メーターに至るまで、すべて規格化によって、低コストを実現した。今でも私たちが日常使っているスイッチやソケットは彼の発明によるもの。

浜田和幸 『快人エジソン – 奇才は21世紀に甦る』日経ビジネス人文庫 (2000) p.76 より引用

このように、エジソンは常にユーザーのことまで考えて開発していました。

しかしエジソンも失敗する人でした。私が紹介したい本書のハイライトは「直流/交流電流戦争」です (p.60) 。

外部リンク:電流戦争 – Wikipedia

現在の送電技術はほぼ交流です。エジソンはたくさんの電力システム関連製品を作ったにもかかわらず直流にこだわってしまい、二コラ・テスラによる交流システムの良さを最後まで受け入れませんでした。

二コラ・テスラは現在の交流理論と電波関係の技術を確立した人です。彼なくして無線や携帯電話はありえません。テスラは直流送電にロス(送電中に無駄になる電気)があることを見抜いていました。

しかしここはやはり人間の物語です。テスラは一時期エジソンの下で働いていたのですが、エジソンにうまくこき使われてしまい嫌になりエジソンの元を離れました。

この電流戦争はテスラがウェスティングハウス社に転職してから勃発しました。

エジソンは「交流は危険」というネガティブキャンペーンを行い、テスラの業績はエジソンに隠されてしまいました。

それでも時代は変わる

現在の主流である火力、水力、原子力、風力発電はすべて交流発電です。タービンを回すことで電気を生み出します。交流の電気や無線技術なくして私たちは生活できません。

では直流の送電システムはないのか?直流は悪なのか?というとそうでもありません。1例を挙げると、日本では青森県 – 北海道間に直流の海底電力ケーブルがります。

外部リンク:北海道・本州間連系設備 – Wikipedia

また、先に紹介した電流戦争の Wikipedia リンクによると、アメリカでは 2007 年まで直流での電力供給が行われていたようです。

近年は直流電気による家作りも注目されています(スマートホーム)。

その筆頭は太陽光発電と家庭用バッテリーでしょう。クリーンエネルギーであること、発電した電気が電力会社に売れること、災害時の停電でも電気が使えること、今後普及が期待される電気自動車(のバッテリー)に備えて一家に一台の時代が来てもおかしくありません。

イーロン・マスク氏のテスラ社はすでに「パワーウォール(壁かけ型バッテリー)」という一般家庭用のバッテリーの販売を始めています。

外部リンク:Powerwall | テスラ ホームバッテリー

消費電力の大きい家電はエアコン、冷蔵庫、電子レンジ、洗濯機、ドライヤーでしょうか。バッテリーの直流を交流にしてコンセントから再度直流にするのは無駄があります。それでも並行して省電力化の技術もどんどん出てきているため、家庭用バッテリーは普及していくことでしょう。

また、 IT システムがクライアント・サーバー型(一極集中)からクラウド型(分散)になったように、電力もいずれは発電所(一極集中)から自家発電(分散)になるとも考えられます。

現在の発電送電システムはすでに分散型ですが、もっと小さい発電所がいくつもできて「電気の地産地消」が実現する可能性はあります。自社ビルや家庭で自家発電している所も出てきています。

エジソンは今の世界を見てどう思うでしょうか。「まだまだ、自分が考えていた世界はこんなものではない」と対抗心を燃やすかもしれませんね。

今回紹介した本

浜田 和幸, 日本経済新聞社, 2000
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