博士のキャリア構築の大変さを思い出す『バッタを倒しにアフリカへ』

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今回の書評は『バッタを倒しにアフリカへ』です。

バッタを倒しにアフリカへ成分

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キャリアアップを賭けてアフリカに飛び込む博士のドタバタ劇

本書を読み、私が大学院生の頃の思い出があれこれシンクロしました。

博士号を持って大学院を修了する人の数に対して、研究者として働ける仕事(ポスト)の少なさ。これは私が大学院生の頃だった 10 年以上前から同じです。

好きなことに打ち込みたい。しかしそれでは生活していけない。研究者を志す人であれば必ず直面する壁です。

本書は、博士号は持っているけれども定職につけない悩み、そして解決するために実際に行動したことありありと書かれています。さすが数々の出版賞を受賞された作品で、著者の文章力に引き込まれていきます。

博士のキャリアアップはこれくらい大変、ということを本書を通じて知ってほしい。私も経験者として納得することばかりでした。著者と私が 1 歳しか違わないので親近感があるのかもしれません。

著者は小さいころから昆虫学者にあこがれ、バッタさえあれば幸せともいえるある種の変態。しかし研究者として定職についてないため、キャリアアップを賭けて大好きなバッタの研究をやりにアフリカのモーリタニアという国に飛び込みます。

研究者は往々にして変人が多いです。本書のカバーはまさに書店に並べられたときのインパクトを計算しているのでしょう。本書内でもこの全身緑色の格好が別の形で出てきます。「バッタに食べられたい」という願望だとか。

ひとつのことに集中しするあまり、個性が全開になる代わりに世間のルールがわからない。著者はモーリタニアに赴任時、現地の空港にて日本から持ち込んだビールに関税がかかることを知らずに没収されてしまいます。読んでいて「あ~あ」と思ってしまいます。

しかし私も「世間知らずだったな」と思えることは多々ありました。大学院生の頃に訪問した中国で、お土産でいただいたお酒が帰りの中国の空港で同じように没収されたからです。

ただ著者が研究者として成長していく過程も本書を通じて伝わってきます。写真も多いので楽しく読めるでしょう。

なんだかんだ恵まれている著者の研究環境

日本からモーリタニアへの飛行ルート

著者は本書にて「アフリカという地で研究して論文を書き、大学や研究所への就職を得る。そして初めて夢だった昆虫学者になれる」と何度も書いています。

私も博士号を取った人間です。著者の苦労は私も多かれ少なかれ経験しています。気持ちはすごくわかります。

しかし、それでも著者は恵まれているのです。紹介しましょう。

まず著者は「日本学術振興会海外特別研究員」に応募して採用されます(同書 kindle 版位置 No. 1237 付近)。日本学術振興会(学振)とは博士号を取得した人に、任期付きで給料と研究費が一定額もらえる制度です。

私も当時応募したのですが最初の書類選考で落ちました。私が大学院生だった当時、同級生の中国人は採用されました。競争率が高いことは承知しています。

著者はこの学振の審査で得たお金を軍資金にして、モーリタニアでの現地人の給料や研究資材の購入に充てています。

その後無収入になっても他の日本の補助金に申請が通って研究費は手に入りますし、最終的には京都大学の白眉プロジェクトに採用され任期付きとはいえ収入の得られる職を得ることになります。

私は論文こそ出版できましたが、そういう資金は一度も得られず、コンピュータ上でシミュレーションをする研究しかできませんでした。

そのため私は博士号取得後、早々に研究者の道をあきらめサラリーマンになりました。研究者向けの職に応募もしてみましたが箸にも棒にも掛からず。数少ないポスト、減っていく大学、卒業後も競争していくことが自分の人生にプラスになるとは思えませんでした。

それだけではありません。著者は出版社から本の執筆を依頼されたり、フランス人の研究者仲間がいます。バッタが出ないシーズンにフランスに訪問し、ファーブルの自宅に行く旅の話もあります。著者には人脈があるというエピソードが本書で何度も出てきます。

私も大学院生時代は参加先の先生に積極的に挨拶したり、メール交換もさせていただきました。しかし人脈を築くことはできませんでした。私の後輩にあたる男性は研究テーマを発表したところ色々な人と人脈ができ、大学院修了後大手企業に内定を得ることができました。

愚痴になりますが、私は大学院を修了した後中小企業に入社。ハイエースを運転しながら大学院の研究と全く無関係なエンジニア生活をしました。どうしてこのような差が出たのでしょうか?私はこういう運命だったのでしょうか?

原因調査をしても仕方ないのです。ただ私と著者の違いははっきりしています。

著者は小さいころから「昆虫学者になる」というあこがれがありました。このあこがれが行動を起こす全ての原動力です。

本書のクライマックス部分から引用させていただきます。学振の任期が終わって日本に帰国する直前にバッタの大群に遭遇できた時のことです。

我々は死闘に向けて走り出した。飛んでいくバッタを次々に追い抜いていく。幼少期にファーブルに出会い、昆虫学を専攻し、無収入になってまでアフリカに残り続けたのはこの闘いのためなのだ。そう、私の人生の全ては、この決戦のためにあったのだ。

前野ウルド浩太郎 『バッタを倒しにアフリカへ』 光文社新書 (2017) kindle 版位置 No. 3524 付近より引用

一方の私はぽっと出。小さいころから研究者にあこがれていたわけではありません。学力コンプレックスを克服したい、自分がどこまでやれるか試したい。という漠然としたものでした。少なくとも就職氷河期を逃げていたわけであはありません。

しかし、興味のあることに情熱を傾ける。この気持ちは今も著者には負けていないと自負しています。

たとえ著者のように論文がかけなくても、私には「ハバタクリケイ」というこのサイトがあります。当サイトの記事を論文とみなしてこれからも情熱をかけて執筆したいな、と思いました。

海外で言葉が通じなくても分かり合える仲間と出会える

腹をくくって海外に飛び込むとかけがえのない仲間と出会える

最後にもうひとつ、本書から紹介しましょう。

著者はモーリタニアのバッタ研究所に到着して間もなく、ティジャニという男性を運転手として雇います。

砂漠に行くのに車が必要、でも自分では運転は危険すぎる。運転手を採用するのは自然なことでしょう。

ティジャニは給料を多く請求してきたり、お腹を壊して休んだりしたので最初は「大丈夫かな?」と疑います。しかし毎日車で砂漠を移動し、またテントを張って共同生活していくことで絆が生まれます。言葉が通じなくてもコミュニケーションがとれるようになっていきます。

ティジャニはフランス語、著者は英語しかそれぞれ話せないため言葉の壁がありました。

しかし次第に「ツーカーの仲」となります。最後は名前を呼ぶだけで何をするか指示できたとか。

このエピソード、読んでいて思い出すのです。

私が大学院生のころ、英語もろくに話せない状態で台湾に行きました。私的な交換留学という形で短期滞在しました。

そこで知り合った男性がいます。当時お互いに大学院生でした。

彼は中国語しか話せません。私は後に英語は克服するものの、中国語はいまだに話せませません。だから言葉でコミュニケーションはできません。

しかし彼は優しく、私の台湾滞在中に弁当を買ってきてくれたり、車を運転して色々な所に連れて行ってくれたり。知り合ってから 15 年経ちますがいまだに交流が続いています。

著者と私の共通点。それは「志を持って、腹をくくって異国の地に飛びこんだ」こと。飛び込んだ結果、ある種のご褒美としてこのような出会いと交流をいただけたのではないでしょうか。決してお金では買えない財産です。

私の場合、おかげさまで台湾と、その後飛び込むシンガポールでは仲間に恵まれました。私のシンガポール生活は本書とは違う形でのサバイバルでした。自然を相手にしなくて良い分、会社内での政治事に疲れる日々でした。

しかし同じように飛び込んだはずのベルギー(この記事の執筆時点での住所)ではこのような出会いがありません。少し寂しいです。

だからこそ、本書を読むことで著者のストーリーに共感できたのでしょう。

関連記事:プロフィール(今も交流している台湾人男性との写真あり)

今回紹介した本

前野ウルド浩太郎, 光文社新書, 2017
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