博士の生産性が低いのは組織の問題『タレントの時代』

[この記事は約 9 分で読めます]

今回の書評は『「タレント」の時代 世界で勝ち続ける企業の人材戦略論 (講談社現代新書)』です。

タレントの時代成分

ブックセイブンってなに?(別ウィンドウで開きます)

日本メーカーが苦戦している理由をズバリ指摘

「どう作るか」よりも「何を作るか」が大切

日本のメーカーは変なところにこだわることがあります。

製品のライフサイクルが短くなってきている近年、改善をメインとした日本型のものづくりが通用しなくなっています。一方アメリカではApple, Amazon, Google, facebookなどの会社が世界のシェアを席巻しています。そんなアメリカ企業から何を学び、どうすれば日本のメーカーは復活するのか、人材と組織という立場から解説したのが本書です。

本書ではまず日本の製造業がなぜ負けてしまったのか、導入部分から容赦なく切り込んでいます。

私も技術者として耳が痛い話です。設計・開発者は「壊れないものを作る」ということで必死です。いちど不具合の報告があると「なぜ壊れたのか、どうすれば再発防止できるのか」ということを時に不眠不休で解明します。

また工場では「いかに効率的に、コストを削減して作るか」ということに必死です。「不良品の数を今日は3個減らした」とか「1個の製造にかける時間を2秒縮めた」といった話をすることもあります。

著者はこのことにモノ申します「生産技術は成熟している。大切なのは何を作るかというコンテンツ情報である」と。著者は今の製造業がコンテンツ産業である、とまで書いています(kindle版位置No.729付近)。

Apple, Google, Amazon, Microsoft, Uberなど、アメリカのメーカーは消費者が求めているものを競合よりも先に提供しています。中にはWindowsのように不具合があるものの、他に選択肢がなく使っているものもあります。

品質もこだわりも大切です。しかし今の日本のメーカーに足りないのは「そもそも何を売るか」という商売の根本であると著者は喝破しています。

上層部は本質を理解しているか

問題は「そもそも何を開発して売るべきか」会社の上層部が判断できないことです。

いい例がシャープです。液晶にこだわりすぎて韓国中国勢に負けてしまいました。日本人からホンハイに経営が変わって改革をしたとたんに業績はV字回復しました。

組織のトップが会社の運命を握っているのです。しかしそれでもなかなか日本社会は変わりません。

そもそも売れる製品を作らなければ品質向上やコスト削減の追及も本末転倒なのです(人の命に係わる不具合を除く)。冒頭で述べた「変なところにこだわる」の一例です。

ただし、技術者や工場のスタッフを責めるのは間違っています。彼らはあくまでも日々の業務を精一杯こなしています。

私も苦い思い出があります。まだ20代の大学院生だったころ、ある学会の休憩の場である先生に言ってしまいました「あの研究は重箱の隅をつつくようなものではないか?」。それを聞いた先生は明らかに嫌な顔をして休憩室を出て行ってしまいました。

私も若く世間知らずで軽率な発言だったと反省しています。しかし「それは本質ではないのでは?」と自分なりに感じていたからです。

労働は1種類ではない

では「何を作れば売れるか?」ということになりますが、本書はマーケティングの話でもありません。あくまでも組織と人材について解説した本です。

本書ではしっかり「ものづくりとは何なのか」という原点から説明します。そして世界で勝負するためにはどういう労働をしなければいけないのか、細かく説明します。

労働には「非定型労働」と「定型労働」に分かれており、それぞれがどう異なるのかについて掘り下げていきます。また知的労働であっても仕業(医師や税理士など)であれば定型(決められたとおりに作業する仕事)であり、設計開発は非定型(まだ世にないものを創る仕事)という区分けをきっちり説明しています。

ここがポイントです。本書から引用させていただきます。

つまり人間の労働とは、商品や資産として価値のある「情報を創造」したり、価値のある「情報を転写」したりすることなのである。前者は「創造型労働」、後者は「転写型労働」というわけである。

酒井崇男 『「タレント」の時代 世界で勝ち続ける企業の人材戦略論』講談社現代新書 (2015) Kindle版 位置No.1002付近より引用

この説明から、設計・開発が創造型労働、工場での生産が転写型労働であることがわかるでしょう。生産性とは主に工場での製造のことを意味します。設計開発はむしろアートに近く、工場での生産とは違います。

それを踏まえたうえで、これからの時代を生き抜くための人の採用、人事評価、給与体系、キャリア、組織はどうあるべきか、優秀な人材はどう違うのか、優秀な人は他の優秀な人をどう見抜くのか、会社の上層部こそ読むべき内容が詰まっています。

本書の最後には付加価値を生み続ける組織の1例として、トヨタ自動車の主査制度について紹介しています。こういう組織はなかなかありません。

アメリカの成功例や日本の失敗例も含まれているなど、かなり具体的に書かれています。そのため製造業のことに詳しくないと読み進めるのが難しいかもしれません。しかし著者の指摘は鋭く本質をついているため、読んでいて「そうそう!」とうなされてしまいました。

博士の役割は「生産性」よりも「創造性」

本書を通じて私が伝えたいこと、それは博士の扱われ方を改善したいことです。

2018年2月、博士号取得者を採用すると生産性が下がるという調査結果を日本経済研究センターがまとめた、と日経新聞が報じました。

このニュースを知り嫌な気分になりました。しかし物事の表面だけを見て批判するのはおかしいので、日本経済研究センターが発表したレポート(全文版)の本文を読みました。

※本文へのリンクを貼りたいのですが、日本経済研究センターへの事前承諾が必要です。手続きが面倒なのでリンクは省略します。下記がレポートのURLです。
https://www.jcer.or.jp/policy/policy-proposal/detail5316.html

まず「製造業では全体的に研究従事者は売り上げに貢献しておらず(全文版p.12)」とあります。当たり前です。研究開発は将来への投資です。営業ではないのだから売り上げには直接貢献しません。何を言っているんだ?という感じです。

しかし、最後まで読んでみると大切なことが書かれています。引用させていただきます。

  • 研究活動自体が企業の生産活動に無意味ということではなく、実施方法や実施体制に問題が生じている可能性がある(全文版p.11)
  • 日本の大学現場には旧態依然とした「家元制度」、徹底したタテ社会の論理がまかり通り、優秀な研究者でさえ世界に出ず内向き思考となっている(全文版p.14)
  • 企業において、グローバル市場で進展するオープン・イノベーション化にマッチした研究開発体制が組織されていない可能性が考えられる(全文版p.23)

このように、企業や大学の体制に疑問を投げかけています。本書が指摘している内容と似ていませんか?

このレポートでは「そもそも生産性とは何か」という定義が明確でないまま本文に進んでいます。その点を除けば、このレポート自体は日本の組織の現状をきちんと指摘しているといえます。

博士の仕事はまさに本書が指摘している「創造型労働」であり、新しい価値を創造することです。単純に生産性という言葉だけで扱うのはおかしいです。

つまり「博士を採用すると生産性が下がる」という日経新聞の見出しには印象操作の意図があるといってもいいでしょう。悪意すら感じます。

博士というタレントをマネジメントせよ

なぜこのようなことが起こるのでしょうか?

諸悪の根源はマネジメントと人事部です。マネジメントが博士をどう使えば良いのか見極めできないのです。

ここまで述べてきたように、こういう組織は「生産性」と「創造性」をはき違えています。博士は大学卒のスタッフと同じような一般的な業務をやらせる存在ではありません。

私も博士号取得後10年間、技術者として民間企業で働きました。これまでの上司も人事部も私をうまく使っているとは思いません。断言します。

本書ではタレントを「複数分野の知識があり、創造的知識労働、目的的・改革・改善・地頭・洞察・未知を既知に変える能力を備えた人材(kindle版位置No.1562付近より)」という意味で使っています。

博士号ってそもそもこういう人材ではないでしょうか?つまり、博士というタレントをうまく使いこなすのがマネジメントの役割ではないでしょうか?少なくとも私はこういう人材になりたくて博士号を取得しました。

博士たちはもっと行動すべきです。文句を言わずに働き続ければただの「高学歴ワーキングプア」です。もしうまく使ってもらえる組織がないのであれば、ベンチャー企業に転職しても良いし、私の様に日本を飛び出すのも良いでしょう。

組織を変えるよりも自分が変わる方が簡単です。

実際、民間で積極的に研究人材を活用しようとしているところもあります。メルカリがその一例です。メルカリのプレスリリースを紹介します。

外部リンク:メルカリ、社会実装を目的とした研究開発組織 「mercari R4D(アールフォーディー)」を設立 ~シャープ 研究開発事業本部をはじめ6機関とIoTやブロックチェーン等をテーマに共同研究を実施~ | 株式会社メルカリ

ほとんどの企業はこのような視点で活動することはできないでしょう。またこれまで民間と積極的に協力してこなかった大学側にも問題はあるでしょう。

メルカリの例に限って言えば、メディアアーティストの落合陽一氏も参画しています。落合氏は大学の准教授であり自ら会社も立ち上げているので、こういう視点での人材活用ができるのです(本書ではこういう人材活用をタレントマネジメントと呼んでいます)。

博士こそ雇われる側から雇う側へ

もしどうしても適した場がないのであれば、自分で始めるしかありません。今の時代、理系人間であっても経営の知識は必要です。起業するのもありですし、個人事業主やフリーランスでもいいでしょう。実際に自分でビジネスを始めた博士号持ちの人を知っています。

私が博士号を取得したときは今のように環境が整っていませんでした。しかし今は違います。ツールや環境はそろっています。

博士こそ、おとなしくせず立ち上がってほしいのです。私も同じ博士号持ちとして口先だけでなく、行動で示していければと思います。

今回紹介した本