ネットはコンテンツよりも使い方『インターネットはからっぽの洞窟』

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今回の書評は『インターネットはからっぽの洞窟』です。

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インターネット技術の発達による社会の弊害を警告した本

大手古本チェーン店で山積みになっていた本書を、私は大学生の時何度も目撃していました。

Windows 98 のパソコンを自分で組み立てて「これからネット生活を充実させるぞ」と思っていたた矢先。また私が中学生の頃、親にパソコン (PC98) を買って欲しいと頼みましたが「ごめん、高すぎて買えない」と言われたことも覚えています。

あれから約 20 年、このレビューのために Amazon で購入しました。書籍価格よりも高い送料で。

本書は 2000 年のインターネットバブルが来る前、いずれ訪れるインターネット社会の弊害について警告した本です。一言でいえば「デジタルで人は幸せになれない、アナログ最高!」といった感じです。

本書の著者、クリフォード氏は 1970 年代からコンピュータに関わってきているギーク(いわゆるコンピュータオタク)です。著者自身が天文学の研究を進めるためにコンピュータを扱った経験から、数々の警告を発しています。

チャットや掲示板 (BBS) の古いシステムから動画配信サービス、電子商取引、電子マネー、学校教育、デジカメ、電子書籍、図書館の蔵書検索システムまで、今も存在しているあらゆるデジタル技術が批判対象となっています。いずれも「デジタル化で逆に人の潜在的な能力が落ち、社会に悪影響を及ぼす」と主張しています。

私も情報科学を大学で学んだ身として、この手の批判を検討するために今回レビューしました。技術に精通している著者が発信することで当時かなりの影響力があったと思われます。

本書は「からっぽの洞窟」というタイトルです。インターネットは中身がスカスカで有益なコンテンツがないという主張かと思いました(実際、出版当時は Google すらなくコンテンツは少なかった)。でも違いました。

むしろ本書を読むのであれば、現在のネット生活と比較して読むのが良いでしょう。「え?昔はこんな不便だったの?」とたくさんの発見があるからです。

本書は今や警告本ではなく歴史書なのです。

当時のコンピュータの性能が悪かったことへの「ひがみ」?

本書を実際に読んでみて、正直拍子抜けしました。著者の主張は警告というよりもただの「ひがみ」だったからです。

本書から引用させていただきます。このフレーズを読めば誰もが「え?」となるでしょう。

コンピュータネットワークが普及しても、電話帳が姿を消してしまったり、新聞や雑誌、町のビデオ屋がなくなってしまうことはない。電話とコンピュータが一体化して一つの機器になることもないと思う。

クリフォード・ストール (著), 倉骨彰 (訳) 『インターネットはからっぽの洞窟』 草思社 (1997) p.21 より引用

スマートフォンはこの引用文にある「電話とコンピュータが一体化した一つの機器」です。著者の予言は大外れです。

本書の原著(英語版)が出版されたのは 1995 年、日本語版は 1997 年出版です。その約 10 年後の 2007 年に初代 iPhone が発売されました。

もちろん普及するにはさらに何年もかかりました。しかし明らかに予言が外れているのがわかります。

本書を読み進めるとわかるのですが、著者の主張は警告でも予言でもなく「当時のハードウェアの性能の悪さに文句を言っているだけ」なのです。

モデムの性能が悪くて天文学の研究に必要なデータがダウンロードできず研究が進まない。限られた予算で学校や図書館に(性能の悪い)コンピュータをわざわざ導入している、という風に読むことができるのです。

挙句の果てには「ワープロで書かれた履歴書には人間味がない、手書きの履歴書にこそ本人のやる気が伝わってくる」 (同書 p.135 より)とありました。著者は日系企業の人事担当者でしょうか?

技術は日進月歩で進化します。いずれハードウェアの性能が上がって多くの問題が解決できる、ということを著者は想定していませんでした。

それにしてもおかしいですね。著者ほどコンピュータ技術に精通していれば「ムーアの法則」くらい知っていると思うのですが。

ムーアの法則とは「半導体の集積率は 18 か月で 2 倍になる」という予言です。ざっくり言えば「コンピュータの性能は 1 年半で 2 倍になる」でしょうか。私にとってムーアの法則は、技術が日々進歩することの代名詞です。

しかもムーアの法則が発表されたのは 1965 年。著者がムーアの法則を知らないはずはありません。実際に本書ではシャノンやノイマンといった著名な計算機科学者の名前を出しています。

私が読んだ限りでは、ムーアの法則は本書で一度も出てきませんでした。どうしてでしょうか?

恐らくですが、著者のクリフォード氏は前書『カッコウはコンピュータに卵を産む』がヒットしたことで気分を良くしてしまったのでしょう。コンピュータ系の推理ものである前書で作家デビューを果たし、しかもヒットした。これで調子に乗ってしまったのでは?と考えられます。

2010 年に著者は、本書で語っていた主張のほとんどが間違っていた (I mean really wrong.) と Newsweek 紙のインタビューで語っています。

外部リンク:クリフォード・ストール – Wikipedia

確実に当たっていた警告は「クソリプ」

酷評していますが、当たっていることもあります。それはコンピュータを使った人間同士のコミュニケーションについてです。

少し長いですが、本書からもう一度引用させていただきます。

たとえば「庭からアライグマを駆除する方法は?」といった単純な質問を投稿すると、その日のうちににも、「フェンスに電流を流せばいい」「罠をしかければいい」「散水ホースで追い払えばいい」といったごく当たり前な指摘が返ってくる。

すると、それに対するフォローアップの形で別の投稿者が参加してきて、「電流フェンスは動物虐待だ」「アライグマは罠にかかるほど馬鹿じゃない」「散水ホースなんて水の無駄使いだ」と始まる。

クリフォード・ストール (著), 倉骨彰 (訳) 『インターネットはからっぽの洞窟』 草思社 (1997) pp.370 – 371 より引用

今風に言えばクソリプですね。

似たような光景を Twitter とかで見ませんか?「私は毎朝食パンを食べます」と書いたら「小麦アレルギーの人に失礼だ」とか「ごはん好きの気持ちがわからないのか」といった返信が来るような感じです。

そもそも上記の引用文は予言ではなく、 1990 年代の掲示板で既に起きていたことです。スマートフォンが無い時代からすでにこのような炎上のポテンシャルがあったのです。

別のレビューでも書きましたが、スマートフォン時代の Twitter のリプライ欄や Youtube のコメント欄は昔の 2 ちゃんねると同じなのです。

人間の本質が変わらないので、時代によって道具が変わってもコミュニケーションの本質は変わらないのです。

つまり、技術の進歩そのものが危険なのではありません。いつも使う側の人間が良い方に使うか悪い方に使うかなのです。

関連記事:技術の浸透で誰でも同じ土俵で勝負できる『フラット化する世界』

今回紹介した本

クリフォード・ストール (著), 倉骨彰 (訳), 草思社, 1997
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