サーキュラーリング対アップルウォッチ生体データ比較レビュー
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このシリーズではスマートウォッチやスマートリングの健康管理・生体データ計測機能をレビューしています。
この記事ではフランス発の Circuar Ring (サーキュラーリング)をレビューします。欧州発ということでベルギー在住の私は即注文し一年後に届きました。
結論をいうと、 Circular Ring は計測値が極端になる場合や一部の項目で測定精度に問題がある可能性が示されました。
歩数の計測は両デバイスで高い相関がありましたが、その他の項目ではアップルウォッチがより安定した結果を示していました。特に、心拍変動、呼吸数、血中酸素、最大酸素摂取量の項目ではアップルウォッチがより優れていました。
細かく分析した結果を公開します。結果だけ知りたい場合は「まとめ」だけお読みください。
レビュー方法
デバイスの装着と計測時間
上図に示すイメージでレビューを行いました。
左腕には Apple Watch (Series 8), 左手人差し指に Circular Ring を装着しました。
Circular Ring は非利き手に装着することが推奨されているためそれに従いました。
日中、夜間を通して装着しデータを取り続けました。例外としてシャワー中のバッテリー充電 (18:00 – 20:00), 毎朝の体重計測時など一部非計測の時間帯があります。
計 2 週間 (14 日間) データをとりました。
比較項目とデータ解析ツール
メーカーのアプリを使ってまずは基礎データを集計します。そして私の個人 PC にデータを手動でダウンロードしてさらに細かく分析します。
比較する項目は下記のとおりです。
- 歩数 (Steps)
- 安静時心拍数 (RHR: Resting Heart Rate)
- 心拍変動 (HRV: Heart Rate Variability)
- 呼吸数 (Respiratory Rate)
- 血中酸素 (Oxygen Saturation, SpO2)
- 皮膚温 (Skin Temperature)
- 最大酸素摂取量 (VO2 Max)
外部リンク:ヘルスサイエンス | Garmin (各計測項目の正常範囲などを参考)
分析のメインは折れ線グラフによる日々の傾向比較です。両デバイスが同じ傾向で計測できているか確認します。
同じ傾向かどうか、統計的には正の相関があるかどうかで判断できそうです。そのため相関係数 R も計算します。
一部の項目は t 検定による平均値の比較も行います。
この記事は論文ではないので本格的な統計処理はやりません。しかし簡易分析でも「両デバイスに有意な(計測の)差があるか」、「日々の計測が安定しているかどうか」といったことが t 検定でわかります。
どちらの計測精度が良いか、といった評価ではなく製品ごとのクセを明確にしたいと思います。
計測精度の観点でいえば、アップルウォッチの精度は良いはずです。アップルウォッチは医療機器認証(心電図のみ)を取得しています。
データ解析についての補足
興味のない方はここを飛ばして比較結果をお読みください。できるだけ細かくデータを分析するための条件や補足内容を書きます。
日中と夜間の心拍数全数分析は量が膨大になるので省略します。気になった場合のみ取り上げます。
皮膚温は ± 0.3 度といった形ですでに平均値計算が行われています。そのため t 検定の対象外となります。
VO2 Max の比較も参考程度とお考えください。 VO2 Max を正しく計測するにはトレッドミルのような設備が必要です。
またアップルウォッチによる VO2 Max の計測にはワークアウトをセットする必要があります。日々の生活や業務上毎日計測できていません。ただし休日など一日に複数回計測できた場合はその日の平均値を採用します。
VO2 Max の値は安静時心拍数から推定することができます。参考のために推定値の計算結果も比較します。デンマークの研究者グループによる推定方法を採用します。
外部リンク:最大酸素摂取量 – Wikipedia
各計測項目について、アップルウォッチは夜間のみ計測する項目と、日中/夜間問わず計測する項目があります。両デバイスとも同じ時間帯の計測結果を比較するため、アップルウォッチのデータはダウンロード後に時間帯を取捨選択したうえで集計・分析しました。
特に断りがなければ「歩数」、「最大酸素摂取量」、「安静時心拍数」は同日中 (0:00 – 23:59) のデータを採用します。その他の項目は睡眠中の時間帯 (0:00 – 6:00) に計測されたデータを採用します。
安静時心拍数についてアップルウォッチの計測は例外的です。一日に何度も計測しているはずですが、他の項目と違い計測結果が個別に記録されていません。そのためその日の最後にヘルスケアアプリで表示されていた結果を採用します。
グラフによる傾向比較結果
歩数
上図は歩数の比較結果です。
アップルウォッチ、 Circular Ring ともにデータが相関していると思われます。言い換えると、アップルウォッチの歩数が多い日は Circular Ring も歩数は多く、逆もまたしかり、です。
相関係数 R = 0.975 も一般的には高い値であり(正の)相関の高さを裏付けています。
グラフをぱっと見た感じでは Circular Ring がわずかに少なめに出ています。特に 8 日目についてはがくっと下がった感じです。
8 日目は土曜日で外出しているため歩数が多めです。ただ 1000 歩以上の差があるのは、もしかしたらいつも以上にリングを外していたかもしれません。
歩数は一歩単位で正確に測るのは難しいです。そのため特に深刻な違いはないと判断します。
安静時心拍数
上図は安静時心拍数の比較結果です。アップルウォッチは 1 日目のデータがとれていません。
安静時心拍数は次の心拍変動とともにストレスレベルの参考になる値です。値は低い方がストレスレベルが低いと考えられています。
全体的に Circular Ring の方が低めの結果になっていますが、いくつか高めの値が見られます。アップルウォッチはゆるやかながらバイオリズムを示している感じです。
相関係数 R = 0.447 なので両デバイスで弱い正の相関が認められます。傾向としては両デバイスとも似た感じで出ているとデータは示しています。
ただし t 検定の結果、 Circular Ring は計測が極端ではないか?という指摘がでました。別途解説します。
心拍変動
上図は心拍変動の比較結果です。アップルウォッチは 1 日目のデータがとれていません。
相関係数 R = 0.131 は相関があるとはいえない値でした。
全体的には Circular Ring の方が値は高めです。ただしアップルウォッチは 7 日目、 8 日目の値がはっきり高く出ています。
心拍変動はストレス状態を表す重要な値です。一般的には値が高いほどストレスレベルが低く、値が低いほどストレスを受けている可能性があります。
値の良し悪しは別として、両デバイスのクセとしてはこう考えることができるでしょう。
Circular Ring はストレスレベルの変化がハッキリとは検知できないかもしれません。
逆にアップルウォッチはストレスレベルの高い/低いがわりとはっきり出ている、といえます。
アップルウォッチの値はさらに具体的に説明できます。
7 日目の値は金曜日の朝、 8 日目は土曜日の朝に出た値です。つまり仕事から解放されつつある週末にストレスレベルが下がり、心拍変動の値が高くなった。
逆に 6 日目は木曜日の朝の値で、週の真ん中水曜日の睡眠中のストレスレベルが最高状態だったので心拍変動が低く出た。納得できます。
2 日目は日曜日の朝の値ですが疲れがとれていない可能性もあります。 4 月初旬のデータで新年度をなんとか迎えた感じかもしれません。
呼吸数
上図は睡眠中の呼吸数の比較結果です。アップルウォッチは 1 日目のデータがとれていません。
睡眠中の呼吸数は睡眠時無呼吸症候群かどうか判断するための重要な指標のひとつです。値が低いと一分間当たりの呼吸数が少ない、つまり寝ている間に息ができていない可能性があります。
相関係数 R = 0.522 で弱い正の相関を示しています。しかし Circular Ring の値は明らかに低いです。
Garmin の参考情報によると、安静中の呼吸数は 1 分間に 12 – 20 回 (BrPM) としています。 Circular Ring の計測結果はほぼ 12 以下でした。
私は他のデバイスや設備を利用しても睡眠時無呼吸症候群を疑われたことはありません。アップルウォッチの計測結果は納得できます。
関連記事:9hスリープラボにFitbitを持ち込み睡眠データを比較してみた
呼吸数の違いについて統計処理にてさらに詳しく分析します。
血中酸素
上図は睡眠中の血中酸素の比較結果です。アップルウォッチは 1 日目のデータがとれていません。
相関係数 R = -0.520, 今回の比較で唯一のマイナスの値です。
負の相関の意味はこうなります「 Circular Ring の計測値が高い日はアップルウォッチの計測値が低い」、「 Circular Ring の計測値が低い日はアップルウォッチの計測値が高い」という逆の傾向になります。
散布図にするとわかりやすいでしょう。
上図左は参考として歩数のデータをプロットしました。
両デバイスとも同じ傾向で計測できていれば、赤い点線は右上に向かって描かれるはずです。赤い点線の角度を端的に表した数字が相関係数 R とみなしていただけるとわかりやすいでしょう。
しかし上図右の血中酸素のデータをプロットすると逆の結果となっています。赤い点線は右肩下がりなので片方 (Circular) の値が高い日はもう片方 (Apple) の値が低いのです。
Circular Ring の血中酸素の計測は本当に正しいのでしょうか?
すでに解説した呼吸数の比較で Circular Ring の値が明らかに低いことがわかりました。呼吸数と血中酸素は関連しているはずなので、 Circular の血中酸素の値も呼吸と連動しておかしいかもしれません。
皮膚温
上図は皮膚温の比較結果です。
アップルウォッチは 1 日目のデータがとれていません。 Circular Ring の 1 日目の結果は 0 度(おそらく比較基準値)です。
全体的には似たような傾向になっていますが 6 日目、 8 日目、 14 日目はプラスマイナスが逆になっています。
相関係数 R = 0.344 で弱い正の相関があるといえます。
皮膚温については注意が必要です。そもそも平均値(ベースライン)がわからないため比較基準がそもそも違う可能性があります。
プラスマイナス 0.2 度くらいの範囲でプラスマイナスが逆になっています。ただしこの違いは誤差か、もしくは測定したタイミングの違いではないでしょうか。
体調不良で熱が出た場合に +1 度以上出るなど、はっきり違いが判る日があればいいですね。ただそのためにわざわざ病気になるわけにもいきません。
そのためこれ以上の分析は困難です。あくまでも参考情報として活用してください。
最大酸素摂取量
上図は最大酸素摂取量 (VO2 Max) の比較結果です。
Apple (Measured) はワークアウトで計測した結果、 Apple (Estimated) は安静時心拍数から推定した値です。 1 日目は安静時心拍数の値が計測できていないので推定もできていません。
アップルウォッチの計測結果に比べて推定値と Circular Ring の値は明らかに高めです。
もしやと思い、 Circular Ring の安静時心拍数の値から VO2 Max を推定したら上図のオレンジ色の点(値)と一致しました。 Circular Ring の VO2 Max は安静時心拍数と年齢から推定した値です。
相関係数 R = 0.602 は推定値同士の計算結果です。他の項目、とくに安静時心拍数よりはやや高めの正の相関でした。
アップルウォッチの実測値は約 38 (mL/kg/min) で私の年齢層である 40 代前半としては平均的な値です。
つまりアップルウォッチの実測値が一番実態を表しているといえます。
統計処理の結果
難しい話になるので結果だけ知りたい人はここを飛ばして最後の「まとめ」をお読みください。
歩数
上図は歩数の t 検定の結果です。上図は箱ひげ図と呼ばれています。
結論だけ言うと、平均値に統計的な差はみられませんでした。
このグラフで分かることは「アップルウォッチの方が上下の幅が広い」、つまり「アップルウォッチが計測した歩数は多い日と少ない日の差が大きい」ということくらいでしょうか。
アップルウォッチは毎日約 2 時間充電しています。充電で装着を外している分、歩数の計測は少なくなるのではないか?
しかし充電中は外出しないので実際には歩数の計測に大きな影響はないものと思われます。
安静時心拍数
上図は安静時心拍数の t 検定の結果です。
グレーの箱がオレンジ色の箱より上にあり、平均値としてはアップルウォッチの方が高いです。しかし統計的な有意差はない、という結果でした。
黒いダイアモンド形の点は「外れ値」と呼ばれます。平均に対して著しく離れている値です。
Circular Ring のデータにはこの外れ値が 4 点あり、アップルウォッチのデータには外れ値がありません。
何が起きているのでしょうか?
アップルウォッチは日々の計測値にばらつきはあるものの、個人の範囲としてきちんと計測できている。
一方 Circular Ring は平均値に計測結果が集中していると解釈できます。そのため少しでも上下に振れた日は外れ値とみなされたのだと考えられます。
傾向分析で指摘した通り、 Circular Ring は計測値が極端に出ているのではないでしょうか。
心拍変動
上図は心拍変動の t 検定の結果です。
平均値は Circular Ring の方が高いですが、統計的な有意差はありませんでした。またアップルウォッチ、 Circular Ring ともに外れ値がありました。
先に解説した傾向分析では、アップルウォッチの方がストレスレベルの変動がよりはっきりわかると書きました。ただし外れ値が出ておりどう解釈していいのか迷うところがあります。
Circular Ring は心拍変動が高めに出る、ということ以外確信がもてません。
呼吸数
上図は呼吸数の t 検定の結果です。
統計的に有意差があるという結果がハッキリでました。両デバイスの平均値には統計的な違いがあります。 p < 0.001 という結果は乱暴に言えば「この差が偶然起きた確率は 0.1 % 未満」です。
先に紹介した傾向分析にて、 Circular Ring は明らかに呼吸数が少ないと指摘しました。それが統計分析によっても裏付けられました。
Circular Ring の呼吸数計測は何かおかしい、といわざるをえません。改善が必要でしょう。
アップルウォッチには外れ値がひとつあります。毎日の平均値を基準とすると範囲外ですが 20 BrPM 未満です。 Garmin が示した安静中の呼吸数としては問題ない値です。
血中酸素
上図は血中酸素の t 検定の結果です。
呼吸数と同じで統計的な有意差が認められました。 p < 0.01 は乱暴に言えば「この差が偶然起きた確率は 1 % 未満」です。
Circular Ring の平均値はアップルウォッチよりも高く出ているということです。
さらに Circular Ring は外れ値もあります。グラフ下限の 96 % のあたりに黒い点がひとつあります。
平均値は高いが下に振れる外れ値がある。傾向分析で指摘した負の相関を別の角度で見ているため起きている現象と思われます。
呼吸数と同じで Circular Ring は血中酸素の値も計測が不安定かもしれません。一方アップルウォッチは計測幅が広いものの外れ値がなく安定して計測ができているかもしれません。
そしてこの分析結果は計測箇所の違いかもしれません。
アップルウォッチは腕、 Circular は指に装着しています。腕の皮膚と指の皮膚は厚さが違うのでセンサーと血管の距離や計測光の反射具合が変わります。計測精度に違いが出そうです。
血中酸素はパルスオキシメーターを使って精度の検証ができるでしょう。この記事ではこれ以上の比較はしません。
そう考えると生体データ計測はとても奥が深いです。
まとめ
かみ砕いてやさしく解説したつもりですがやはり細かい解説があり難しかったかもしれません。
この記事をまとめましょう。
- 歩数:アップルウォッチと Circular Ring の歩数計測は高い相関を示し、多い日や少ない日がほぼ一致していた。一部 Circular Ring が少なめに出る日もあったが、これはリングの装着時間に影響された可能性があった。しかし全体的に両デバイスは同様の歩数計測結果を示していた。
- 安静時心拍数: Circular Ring は平均的に低かったが外れ値も見られた。アップルウォッチはより安定した測定を示していた。相関係数 0.447 は弱い正の相関を示した。 t 検定による平均値の比較では、統計的に有意な差はなく、 Circular Ring は計測が極端になる可能性があった。
- 心拍変動: Circular Ring は一般的に高い値を示していたが、ストレスレベルの変化をはっきりと検知できない可能性があった。アップルウォッチはストレスレベルの変化をより明確に捉えていて、特に週末のストレスレベル低下を示していた。 t 検定では有意差はなかった。
- 呼吸数: Circular Ring はアップルウォッチに比べて低い値を示し、統計的な有意差が確認された。これは Circular Ring を使用した場合、健康な人でも睡眠時無呼吸症候群が疑われてしまう可能性がある結果だった。一方、アップルウォッチの結果は一般的な範囲内であった。
- 血中酸素 (SpO2): Circular Ring は平均値がアップルウォッチより高かったが、外れ値も存在し、計測が不安定な可能性が示された。一方、アップルウォッチは計測範囲が広く、安定していた。装着箇所の違い(腕 vs 指)が計測精度に影響を及ぼす可能性があった。
- 皮膚温:アップルウォッチと Circular Ring どちらも全体的に似た傾向を示していたが、 6 日目、 8 日目、 14 日目は逆の傾向が見られた。皮膚温のベースラインが不明で、プラスマイナス 0.2 度の差は測定タイミングの違いか誤差の可能性もあった。
- 最大酸素摂取量 (VO2 Max) :アップルウォッチの実測値は平均的であり、それに対し Circular Ring とアップルウォッチの推定値は高めに出ていた。この結果から、アップルウォッチの実測値が最も実態を反映しているといえた。
外部リンク:Circular Ring (Official)
※このレビューは 2023 年 4 月に行いました。最新ソフトではこの記事で書かれた内容と相違があるかもしれません。
※このレビューではアプリは iPhone 版を主に使用しました。 Android 版でも大きな違いはないと想定してレビューしました。
※レビュー時点での Circular Ring Firmware Version: 1.0.80-release, Apple Watch OS version: 9.4 (20T253)
※この記事のデータ測定結果は診断結果ではありません。データを過信せず不調を感じた際にはかかりつけ医に相談してください。