若者の内向き志向は本当?グローバル意識調査結果と原因レビュー

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若者の内向き志向は悪いこと?

私は海外で働いているので日本人労働者としては少数派だと自覚しています。しかし一部の報道では「今の若者(学生や新社会人)は内向き志向で海外に出ない」とあります。果たして本当にそうでしょうか?

この記事では産業能率大学が定期的に実施する「新入社員のグローバル意識調査」のデータをレビューします。オリジナルデータから集計方法だけを一部手直しして資料とは別の角度でアプローチします。

結論はこの 3 つです。

  • 海外志向の若者は確かに少数派であり、そもそも約半数は海外に興味がない。
  • 海外に出ない理由は「語学に自信がないため」であり「日本国内に仕事がないから」ではない。つまり若者の内向き志向に問題はない。
  • 語学力の低さの原因を一方的に学校教育のせいにしていない。

詳しくみていきましょう。

若者の半数は確かに海外に興味ないが、分析が浅い

4グループに分けると「なぜ海外志向なのか」が推測できる

若者内向きデータの再集計結果

外部リンク:第7回新入社員のグローバル意識調査 | 調査報告書 | 産業能率大学

上の図は産業能率大学が公表した「海外で働いてみたいと思うか?」の回答結果の再集計結果です。左上の表がオリジナルのデータです。このオリジナルデータを再集計して下の円グラフにしました。

この円グラフの結論を先に紹介しましょう。ひと口に「若者は内向きである」というのではありません。回答した新入社員の属性(海外に留学したかどうか)で海外に興味があるかどうかの割合が違うのです。

  • 留学経験が無く、かつ海外で働きたいと思わない人→そもそも海外に興味がない人 (55%)
  • 留学経験はあるが、海外で働きたいと思わない人→海外生活を留学で経験してみたが、海外就労してまで海外生活しようと思わない人 (4.9%)
  • 留学経験は無いが、海外で働いてみたいと思う人→海外生活にあこがれている人 (23.8%)
  • 留学経験があり、かつ海外で働きたいと思う人→海外キャリア志向の人 (15.9%)

このように細かく分類してみると、単純に「今の若者は海外に出たがらない」は当てはまらないのではないでしょうか。もっと深い分析が必要です。

55 % ある「留学経験なし、海外就労意欲もなし」グループは「海外に興味のない人」と定義しました。今はインターネットで日本にいながらにして色々な生活が楽しめます。また海外就労しなくても手軽に海外旅行ができる時代です。それが悪いことなのでしょうか?

私は海外生活をしていますが、海外の方が自分には合っているだけです。「もっと日本の外を見ようよ」なんて価値観を他人に押し付ける気はありません。

そして、 4.9 % の「留学経験はあるが、海外就労意欲はない」グループは「海外生活はもういいかな」という人ではないでしょうか。

留学とはいえ海外生活を通じて文化の違いや生活の不便さを経験したら「やっぱ日本の方がいいかな」と思う人がいるのも普通です。別記事にて「旅行で好きだったシンガポールで就労したけど、会社になじめず数か月で辞めて日本に帰った人」を紹介しました。

関連記事:海外就職とは何か?働き方の種類と外国で日本人が必要な理由

23 % が回答した「留学経験は無いが、海外で働いてみたいと思う人」グループは「海外生活にあこがれている人」と定義しました。

このグループこそまさに「一度海外に出てみたら?」とアドバイスすべきグループです。実際に行動するかどうかは別ですし「夢を見ているのが楽しい」だけの人もいるでしょう。

私は留学経験なしで海外就労意欲のあったこのグループに該当します。

最後に、 15.9 % が回答した「留学経験があり、かつ海外で働きたいと思う人」グループは「海外キャリア志向」と定義しました。この数字が多いか少ないかは単純に比較できませんが、少数派なのは納得します。感覚的にはなりますが、私は少ないとは決して思いません。

実際のところ、このレポートの全体総括にもこのように書かれています。引用させていただきます。

留学経験の有無でクロス集計を行ったところ、留学経験者は7割以上が海外勤務に前向きな回答であったのに対して、留学経験の無い層は7割が海外で働きたくないと回答しました。

学校法人産業能率大学 『第7回新入社員のグローバル意識調査』 (2017) p.1 より引用

つまり「若者は内向き志向」という結論は間違ってはいないものの、分析が足りないだけではないでしょうか。「 60.4 % の新入社員が海外で働きたいとは思わないと回答した=今の若者は内向き」という伝え方が単純すぎませんか?

何でも一般論化したい今の日本の風潮を表しているのかもしれません。

補足:回答割合の再集計

同資料では「海外で働いてみたいか?」という質問に対して以下の 3 択がありました。

  • どんな国・地域でも働きたい
  • 国・地域によっては働きたい
  • 働きたいとは思わない

このうち上のふたつを YES, 「働きたいとは思わない」を NO としてデータを再集計させていただきました。

元資料にある回答総数Nは同じまま再集計しました。したがって、円グラフにある各パーセンテージは回答総数に対する割合です。

海外に出る人が増えすぎたら逆に危機では?

海外志向の人は少数派であるということが再集計してもわかりました。でもそれは悪いことなのでしょうか?

ここからは同調査結果を他のデータと結び付けて考えてみましょう。失業率との関係です。

失業率が高くなると海外に出稼ぎ?

日本の失業率と海外志向のグラフ

外部リンク:統計局ホームページ/労働力調査 長期時系列データ

上のグラフは先ほどの「海外で働きたいと思わない人の割合(青)」と「政府が発表した日本の完全失業率」の比較です。産業能率大学の調査は毎年ではないため、とびとびの年数で集計したデータになります。

何を知りたいかというと「若者が海外に出るのは失業率が高い(日本国内に仕事がない)からでは?」という仮説が立てられるからです。もしこの仮説が正しければそれこそ日本の危機です。

このグラフをぱっと見ると、仮説の通り「失業率が高いほど、海外で働きたいと思わないという回答結果は低い(つまり海外就労意識が高い)」といえます。なぜならグラフ内のデータにて

  • 2001年は「海外で働きたいと思わない人」は29.2%(低い)、失業率は4.7%(高い)
  • 2017年は「海外で働きたいとは思わない人」は60.4%(高い)、失業率は2.7%(低い)

となっているからです。統計値である相関係数も -0.749 とこの結果を裏付けている数値になりました。

しかしこの分析だけでは不十分です。

これは統計のトリックです。難しい話になるので詳しく書きませんが、時系列データの扱いは慎重になる必要があります。

そのため上図のグラフには相関係数とは別に「偏相関係数」と「階差相関係数」の値もそれぞれ計算しました。プラスマイナスが逆転し「失業率が低いと海外就労意欲も高い」ということになります。

ただし、偏相関係数、階差相関係数ともに決して高い数字ではありません(強い相関ではない)。そのため「失業率と海外就労意欲にはっきりした関係はなさそう」な感じです。それでもこじつけて言うならば「失業率が低い(日本国内に仕事がある)なら安心して海外に出て働ける(意欲がある)」のかもしれません。

この記事は統計の話ではないためここまでにします。

そもそも、もし失業率が高いとして日本人が海外に出稼ぎするとどこでしょうか?中国も韓国も台湾も英語圏ではありません。しかしアメリカに出稼ぎに行くにはビザが厳しすぎます。ましてや「英語力に自信がない」という回答も産業能率大学の調査結果にはありました。

グラフの表示とは異なり「失業率と海外就労意欲の関係」は日本では当てはまらないといえるでしょう。少なくとも違う角度からも検討しないとわかりません。

関連記事:その情報はお化粧した?それともパネマジ?『統計でウソをつく法』

外部リンク:Meiji Repository: 時系列の相関関係 飯塚仁之助 (階差相関係数の計算式)

EU離脱の原因の1つは「移民出稼ぎ労働者のせい」

なぜ国内の失業率と海外就労の話をしたのでしょうか?繰り返しますが、海外に出る理由のひとつとして「日本国内に仕事がないから海外で」が考えられるからです。

時事ネタになりますが紹介させてください。イギリスの EU 離脱問題です。

ヨーロッパ圏内には失業率の高い国がいくつもあります。例えば EU 離脱の国民投票以前である 2014 年の失業率はギリシャ 26.5 %, スペイン 24.5 %, イタリア12.8 %, フランスですら 10.2 % でした。一番良いのはスイスの 3.2 % でした。

一方、 2014 年のイギリスの失業率は 6.2 % でした。他のヨーロッパの国に対して低いですね。だから他国から仕事を求めてイギリスに「出稼ぎ」ができたのでしょう。

対して日本は調査を開始した 1953 年から 2018 年まで、最悪だったのは 2002 年の 5.1 % です。就職氷河期と言われた 2000 年前後でも 4 % 台でした(日本の失業問題を話したいのではありません)。

外部リンク:World Economic Outlook (WEO), April 2015: Uneven Growth: Short- and Long-Term Factors – Full Text | IMF (PDF, 11MB)

このようにイギリスには他国から移民がたくさん「出稼ぎ」に来ました。出稼ぎ労働者とはいえ EU 市民 (EU パスポートを持つ欧州人)は日本人のように就労ビザなしでイギリスで働くことができました。これがおかしいとイギリス国民が声を上げた。そして EU 離脱の国民投票につながったのです。

ある本から引用させていただきます。サイモン(仮名)という英国人労働者へのインタビューに出てきます。

……移民は本当に金だけ稼いで自分の国に持って帰るから、彼らはこの国の労働者の待遇の改善なんて全然興味ない。

ブレイディみかこ 『労働者階級の反乱~地べたから見た英国EU離脱~』 光文社新書 (2017) kindle版位置No.752付近 より引用

日本は現在、他国からの移民の受け入れが議論になっています。しかし日本人が海外に出る理由は少なくとも「日本国内に仕事がないから」という事情ではなさそうです。なぜなら今回レビューしている産業能率大学の調査報告書 (2017 年版, p.31) では、海外に出ない理由のトップ 3 がこのようになっているからです(複数回答)。

  1. 自分の語学力に自信がないから (63.6%)
  2. 海外勤務は生活面で不安だから (47.0%)
  3. 海外に魅力を感じないから (26.1%)

海外に出稼ぎしなくても日本で普通に生活できる。若者が内向き志向でも何も問題ありません。ブラック企業の問題などあるものの、それを理由に海外に出ようという考え方は無責任です。

私が海外に出た理由は、自分のスキルが世界で通用するか試したかったからです。

語学に自信がないのは学校教育のせい?そうでもない

海外に出ない理由のトップは「語学力に自信がない」でした。

ではこの記事の最後に検討していましょう。「日本人が英語ができないのは学校の英語教育のせいか?」

「役に立った」、「役に立たなかった」どちらも圧倒的ではない

日本の英語教育の賛否

上の図は同資料の質問「最終学歴までの学校における英語教育は、[聞く/話す/読む/書く]それぞれの能力向上においてどの程度役に立ったと思いますか?」に対する回答結果です。比較しやすくするため 50 % の位置にだけ目盛りを置き「過半数ライン」としました。

このグラフによると「話す」以外の「聞く/読む/書く」の回答は「役に立った」が過半数を超えています。しかし明らかにどちらかに偏っている項目はありません。一番多い「読む」の「役に立った」ですら 64.5 % です。圧倒的ではありません。

つまり「学校の英語教育は賛否あり、悪とは断定できないのでは?」といえそうです。

ちなみに、最も「役に立つ」の回答が多かった「読む」は、英語の授業で一番重点的に時間をかけてやる項目でしょう。だから「役に立つ」と回答した人も多かったと推測します。

一方「話す」は「役に立たなかった」が 59.2 % で過半数でした。少なくとも私が生徒のころは「話す」時間が授業で最も少なかったと思います。そもそも授業でやっていないから「役に立たなかった」と回答している可能性はありませんか?

もちろん私の世代と私より若い世代では授業内容が変わっています。近年は会話を重視した教育に変わっているという情報もあります。実態はわかりません。

音楽の歌のテストで「人前で声を出すのが恥ずかしい」という人はいませんでしたか?それと同じで英語の授業でも話すことを恥ずかしいと思う人はいるでしょう。

授業内容よりも生徒の授業への向き合い方

英語ができない人ほど「学校英語は役に立たなかった」と回答

上の図をご覧ください。同資料には「自覚している自分の英語レベル(習得度)」と「英語教育について」の関係もデータになっていました。英語の習得度についてはもっと多くの項目がありましたが「日常生活会話レベル」と「英語は全くできない」のふたつを抜粋しました。

このグラフを見るととてもシンプルなメッセージが浮かび上がります。

日常会話レベルでも英語ができると自覚している人は「学校の英語教育は役に立った」と回答する傾向にあり、全くできないと自覚している人は「役に立たない」と回答する傾向にあった。

学校教育は原則的に生徒全体に同じ内容を(均一に)教えます。そのためできる人とできない人に分かれるのは自然なことでしょう。

しかし英語ができないと回答した人は、わからない内容を先生や同級生に聞くなり、自宅で復習するなり、何かしらの改善はしたのでしょうか?失礼ですがこの回答結果からは「英語の成績の悪かった人は、できなかったのを学校教育のせいにしている」としか思えません。

私は高校から英語コンプレックスになりました。学校教育が悪いと思っていた時期もありましたが、やはり私の地頭が悪いと理解していました。今は英語で仕事をしているくらいコンプレックスは克服しました。

別の記事でも解説した通り、義務教育の目的は「きっかけ」を与えることです。英語もスポーツや音楽のように「授業の時間以外にどれだけ自分で取り組んだか」がスキル向上のポイントなのです。「英語教育より日本語教育が大事」とか的外れです。

関連記事:日本人の英語下手は学校教育のせい?理由はシンプルで対策もある

まとめ

今回の「新入社員のグローバル意識調査」には他にも「会社をグローバル化すべきか」といった内容もありました。しかし記事のボリュームが増えるため省略させていただきました。

この記事をまとめましょう。

  1. 若者が内向き志向であることは確か。しかし分析が足りない。データを再集計したら「本当に海外キャリア志向」の人もいれば「海外に出てみたけど海外就労は不要」、「そもそも海外に興味がない」という詳しい分析ができた。
  2. もし海外志向の日本人が増えすぎれば、それは日本という国家の経済的な危機になるはず。日本の失業率が高ければ海外に出稼ぎする人が増えると思ったが、この意識調査データを分析した限りそうではなかった。
  3. 海外に出ない理由として最多だったのは「語学力に自信がない」だった。しかし一方「学校の英語教育が役に立った/役に立たなかった」という回答は賛否があった。役に立たなかったと多く回答した人は自分に英語力がないと自覚している人だった。

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参考文献

ブレイディみかこ, 光文社新書, 2017
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このブログを書いている人

ダイブツ
twitter: @habatakurikei
元々IT系だけど電気系技術者。20代で博士号を取得するも、全然社会の役に立てないのが不満でブログによる情報発信を開始。あなたに有益な知識やノウハウを理系目線かつ図解でわかりやすく解説するのがモットー。2018年心臓発作であわや過労死寸前。そこからガジェットレビューを通じた体調管理の情報発信も開始。ベルギー在住でシンガポール就労経験もあり、海外転職や海外生活のノウハウも公開中。

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